カンボジアでも建築デザイナをする私の生まれ故郷は松下幸之助創業の地。


私が生まれ育った場所は大阪市福島区で、梅田に近い場所でありながら、下町情緒あふれるラブリーなまちです。

大阪は東京のように大きな都市ではないので、ほとんどチャリンコ(自転車)の移動で事足りてしまいます。

いまは福島の路地などに個性あふれるお店がたくさんあって、いい感じに注目されるエリアになっていますが、近所のおっちゃんやおばちゃんも家族みたいに暮らす、本当にラブリーな場所でした。

近所には大阪市中央卸売市場があり、そこで働く人もたくさん住んでいるので、夜中も元気に動いている賑やかなところです。

朝方には、ひと仕事を終えたおっちゃん達が立ち飲み屋で一杯やってるような庶民的な雰囲気が大好きでした。

近所の商店の店頭では、中央市場から直接仕入れた野菜や鮮魚が並んでいて、安くて美味しいものがいつも身近にある住みやすいところです。

そんな環境だったので、かなりのびのびと育ったのだと思います。

私が生まれる前から鳥取出身の両親が福島で自営業をしていたので、コテコテの商売人の息子と言えます。

モノづくりが盛んな場所でもあって、勉強よりも、何かを考えたり作ったりすることが好きな性格で、私がいまの建築の仕事を志したのは中学生の時でした。

将来は建築家になって、世界を駆け巡りたいねん!と言いまくっていた日のことを昨日のことのように思い出します。

思い立ったらすぐに行動したい性格なので、近所にある西野田工業高校の建築科に入学。

 

当時はビーバップハイスクールが流行っていた荒れている時代で、勉学でなくアルバイトに励み、制服もヒロシ短ランにパンチパーマという乱れまくった生活を送っていました…(笑)

大阪にはいまでもパンチパーマみたいなヘアスタイルのおばちゃんがいるので、見かけるとその当時のことを思い出してしまいます。

1カンボジア建築デザイナーの生まれ故郷にある松下幸之助創業の地

アホな話しはさて置き、大阪市福島区大開の母校周辺は、経営の神様と言われる松下幸之助さんの創業の地で、工場もいくつかあったので、経営やモノづくりなどについて、自然と意識する環境にありました。

あの松下幸之助さんが汗水垂らして、多くの働き手さんたちと苦労を共にした場所。

2カンボジア建築デザイナーの生まれ故郷にある松下幸之助創業の地

3カンボジア建築デザイナーの生まれ故郷にある松下幸之助創業の地

4カンボジア建築デザイナーの生まれ故郷にある松下幸之助創業の地

ここから世界に羽ばたいていったんやなあ、といつも思える刺激的なところでした。

高校を卒業して建築設計事務所で下積み生活を送り、こうしていま独立してデザインの力で世界と勝負する環境に身を置くようになったのも、福島で生まれ育ったのがきっかけだと思います。

<世界に挑戦する建築デザイナーの軌跡>
マレーシア・マラッカ出身、人気You TuberのShenくんとの出会い
堀金箔粉株式会社様の金箔は京都の伝統産業で、祇園祭でも世界にも通用するプロダクト
東京麹町(こうじまち)のオフィス開設から1年
ドバイの展示会グローバルビレッジに新たに日本館が設けられたので、ゲートを大阪城にしました
台湾での建築デザインプロジェクトが始まり、その調査を兼ねて京都で古書とお抹茶
和泉富士を眺めながらお茶するショールームCAFE「Bano bano(バノバノ)」

福島に生まれ育ったことに本当に感謝ですね。

いまでも大阪に戻ると松下幸之助さんの創業の地を訪ね、気持ちを高めるようにしています。

もうちょっと大阪にも元気になってほしいなあ。

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